Featured in: 喩
track: 11
arrangement: RD-Sounds
lyrics: RD-Sounds
vocals: めらみぽっぷ
original title1: 少女が見た日本の原風景
original title2: 信仰は儚き人間の為に
length: 06:39
◇概要
『喩』収録の早苗枠。
アルバム『喩』のテーマは「もしもの世界」。『A transient faith』はいつもとは違った世界、もしもの世界の東風谷早苗を題材にした楽曲だ。題名は「儚き信仰」という意味であり、「儚き信仰」は歌詞中にも登場する単語だが、読み方はとても皮肉なものとなっている。
Q7.東風谷早苗は現実世界から幻想郷へと渡った。
はい/いいえ
上記の質問は『喩』公式サイト発表時のクイズである。このクイズの7問目を「いいえ」と答える事で『喩』の世界へ進む事ができ、「はい」は押せない仕様となっている。この質問の内容を「いいえ」と否定すること、すなわち「東風谷早苗は現実世界から幻想郷へと渡っていない」という意味になる。
早苗は別に信仰がなくても、普通の人間として生活できるから問題はなかったのだが、早苗が祀っている神様、神奈子はそうはいかなかった。
―『東方風神録』キャラ設定.txtより引用
『A transient faith』は、「もし東風谷早苗が幻想郷へ渡らずに現実世界で過ごしていたとしたら」という“if”であり、この世界では現人神としてではなく、普通の人間として生活しているようだ。ブックレットイラストには左手薬指にエンゲージリングを光らせた早苗と思わしき母親とその子供が描かれており、おそらくは現実世界に残った東風谷早苗が誰かと結婚し、子を産んで母親となったのだろう。「四月から小学校」という歌詞を見るに、子供の歳は6~7歳くらいだろうか。
これらの情報だけではただの幸せそうな家族の描写だが、問題は楽曲の内容である。
誰もない場所に手を振るわが子を見て、神様の姿が見えてしまっている事を察した母親は、自分が神様だった頃の遠い昔の記憶を思い出す。神としての道を捨て、人として生きることを選んだ早苗にとって、神様は既に目に見えぬ異形の存在となっていたのだ。そんな早苗が取った行動は人の母親としての行動だった・・・。
この記事では、『A transient faith』の早苗が歩んだ人生と選んだ運命について焦点を当てて考えていく。
◇もしもの世界の『○○早苗』考
この項では、『A transient faith』の世界に登場する『○○早苗』について理解を深める。
見出しに『○○早苗』と書いた理由は、早苗が誰かと籍を入れて苗字が変わっている可能性を考慮して『○○早苗』としている。もちろん婿入りや夫婦別姓もありえるが、この早苗さんの苗字は”東風谷”とは限らないと私は考えている。
そう、人間は科学と情報を信仰し始めたのだ。
それと共に、彼女ら神々に対する信仰心は失われつつあった。彼女は、信仰心を取り戻す方法を模索していた。そして大きな賭に出る事にした。
それは『神社を人間の世界から幻想の物とし、幻想郷で信仰を集める事』だった。―『東方風神録』キャラ設定.txtより引用
そもそも神奈子と諏訪子が去った現実世界では、守矢神社の神の存在は幻想となり信仰も失われているはずである。そんな状態の神社で風祝を続けているよりも家業を継がず結婚相手の家に嫁いでいると考える方が自然ではないだろうか。また、神様と関わりの深い仕事をしているのならば、神様に対して子を守るような恐れ方をするとは考えにくい。
おそらくは、この世界の早苗は神社に関係のない仕事か専業主婦をしているのではないか、と考えた。
そもそも、歌詞に「その先には誰もいない」とあるように早苗は神様の姿が全く見えていないようだ。神奈子と諏訪子が幻想入りした事で、現人神としての力も信仰も失い、普通の人間となってしまったのだろうか。しかし、神の血を受け継いでいるからなのか、子供特有の霊感なのかは理由は分からないが、早苗の子供は神様が見えているようだ。早苗も昔は見えていた事を考えれば、もしかするとこの子供も人間として大人になれば神様が見えなくなってしまうのかもしれない。
次に早苗一家がどこに住んでいるのかについて。
イントロに流れる『夕焼け小焼け』は防災行政無線でよく聴かれるメロディーであり、実際に夕方 17時頃になったら『夕焼け小焼け』が流れる地域が数多く存在する。実は長野県諏訪市では夕方に『夕焼け小焼け』が流れる地域があるらしい。(参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=plcTHVjCJ74)
そのため、「諏訪大社が存在する長野県諏訪市にそのまま住んでいる」とするのは無理のない解釈だろう。しかし、渋谷スクランブル交差点がモデルとなっている『喩』ジャケットにも早苗親子の姿が描かれているため、「東京都内にアクセスしやすい首都圏住まい」とするのも無理な話ではない。
『夕焼け小焼け』のメロディーは東京都内も含め日本全国多くの地域で聴くことができるため、どこに住んでいるかは定まりにくい。諏訪市に住んでいて東京旅行に来ているとも考えられるし、東京都内に住んでいるとも考えることもできるだろう。
仮に『夕焼け小焼け』が 17時00分ちょうどに流れていたとして、ブックレットの夕焼けと「四月から小学校」と会話している点から地域を推測することは可能である。
ブックレットの夕焼けが日の入り10分前(マジックアワー)だと仮定して、東京都の日の入りが17:10程度となるのは2月初旬であるため、「四月から小学校」と話している事に無理はない。長野県で日の入りが 17:10程度となるのは1月下旬、こちらも無理はないだろうか。ちなみに福岡県だと12月初旬頃になるため、「四月から小学校」と会話するにはやや気が早いような感じになる。(日の入りの計算参考:https://keisan.casio.jp/exec/system/1184726771)
地域は日本のどこかで季節は冬~春先。これは確定しているように思える。
他にも、早苗の過去や結婚相手なども妄想できるのだが、この項目としてはここまで。
◇運命の分岐点
人の身でありながら
神となったはずが
結局求めたのは人の幸せ―『A transient faith』の歌詞より引用
『A transient faith』の早苗は、神としての道を選ばずに人としての道を選択した。この項では、彼女がどういった経緯、どういった理由でその道を選択したのか、運命の分岐点について早苗の過去を振り返りながら妄想を綴る。
彼女ら秘術を扱う人間は人間でありながら信仰を集め、神と同等の扱いを受けるようになった。現人神である。
早苗は幼い頃から、口伝でしか伝えられていない奇跡を呼ぶ秘術をマスターしていた。子供でありながら奇跡を呼ぶ彼女は、多くの信仰を集められるーー筈であった。
―『東方風神録』キャラ設定.txtより引用
東風谷早苗は幼い頃から奇跡を起こす現人神だったようだ。しかし、現人神を信仰する人は殆ど存在しなかったとも書かれているため、幻想入りする前は神というよりは奇跡を起こせる少し特殊な人間程度の扱いだったのだろう。
幻想入り前の早苗は神様が見えていたのかどうかについては、幻想郷へ移動する旨を神奈子と諏訪子から聞いており、姿は見えていたか最低でも声は聞こえていた事になるはず。当然、幻想入り後の早苗は神様がハッキリ見えているし会話もできているため、当時の早苗には現人神としての力が確かにあったのだろう。
他にも神霊廟EDで小学校の頃の歴史の教科書を読んでおり、小学校に通っていた事、歴史が少し苦手で理系だった事などが分かるが、早苗の過去についての描写は決して多くはなく、年齢考証をしても曖昧になりやすい。
二次創作における幻想入り前の早苗は中学生または高校生であることが多いのだが、凋叶棕においても学生時代の早苗が登場する楽曲が複数ある。その中の一つに、幻想入り直前の早苗が登場する楽曲があった。
『辿/誘』の『辿』に収録されているボーカルアレンジ『At least one word』だ。
直接的に繋がりがあるとは限らないのだが、『At least one word』の早苗が幻想入りではなく現実世界に残る事を選択した未来が『A transient faith』なのではないか、という解釈がある。
二つの道を前にしながら どうすればいいのか 迷っていたわたしの
背中を優しく押してくれたのは あなたの言葉だったー『At least one word』の歌詞より引用
『At least one word』は幻想入りする前の早苗を題材にした楽曲で、上記に引用した歌詞によると二つの道を前にどうすればいいのか迷っていたという。二つの道とは「神様として幻想郷で生きる道」と「人間として現実世界を生きる道」を表していると思われるが、「あなたとは違う空を見るけど 」という歌詞は早苗が幻想入りし”パラレルな空”を見ることを暗に示しているとも言える。
つまり、『At least one word』の早苗は「あなたの言葉」により背中を押され、「神様として幻想郷で生きる道」を選ぶことを既に決心していたと考えられるだろう。そのため、現実に残った方の未来と解釈できる『A transient faith』は『At least one word』の直接の未来ではない。
『A transient faith』は「あなたの言葉」が無かった未来なのかもしれない。或いは、「あなたの言葉」があったとしても早苗が「あなた」との別れを惜しんだ未来なのかもしれない。
どちらにしても早苗自らが運命に迷い、自ら選んだ未来であることには違いはないのだろう。
◇合わせて聴きたい楽曲
▼At least one word
『辿』収録。前述の通り、『At least one word』で神の道を選ばずに人の道を選んだ場合、『A transient faith』が起こったかもしれない、と妄想できる。もしかすると、早苗は「あなた」と結婚したのだろうか。
うらやましいやつめ。
▼神様たちの事情
『誘』収録。『神さびた古戦場 ~ Suwa Foughten Field』を原曲とするインストアレンジで『At least one word』と対となる楽曲。現実世界から幻想郷へ渡る決断をする神奈子と諏訪子のイメージなのだろうか。早苗を現実に残すべきか、幻想郷へ一緒に連れていくか、神様の事情もあるのだろうが、『At least one word』を考えるとその決断は早苗に任せていたのかもしれない。
▼蛙姫
『娶』収録。『A transient faith』は、東風谷早苗に訪れた一つの末路として捉えることができるだろう。『蛙姫』も同じく彼女に訪れる一つの末路だと私は考えている。”結婚”というキーワードも共通している点であり、「人間の早苗」と「異類の早苗」の対比も面白い。
◇ブックレット
夕焼けの町を手を繋ぎ歩く親子。目の前には顔の描かれていない神奈子と諏訪子の姿が。
神奈子の顔に「A transient faith」の文字が重なっているのがなんともいえない皮肉さ。
『喩』のブックレットはいつもと違って縦方向となっており、『A transient faith』のページの上部には『プリズムリバー練習曲第一番“はじめての合奏”』がある。この二曲のブックレット、五線譜と電線が繋がっているところが個人的に好き。
『綜纏Vol.4 四百四描』に収録。早苗親子のラフ絵が収録されており、はなだひょうさんのブログ『ホシニッキ』でも掲載されている。親子ともども、蛙と蛇を象ったアクセサリーは身につけていないようだ。「さな子」はケロ似なのにクマさん。
◇雑記
『喩』の世界観は幻想と現実の条件分岐”if”の上で成り立っている。平穏な日常に不穏な出来事、必然とも思える悲しきすれ違い、『A transient faith』は『喩』に収録された「もしもの世界」の中でもハッピーエンドとは言い切れない世界となる。
「いつもの幻想郷の世界」と「もしもの『喩』の世界」、どちらを選べば早苗は幸せになったのだろうか。
”パラレルな空”を見て過ごす幻想郷の早苗は幸せに過ごしているように思える。一方で、現実世界に残った『A transient faith』の早苗は結婚し、子を産み、家庭を持ち、人としての幸せの証をその手に掴んでいるのだ。
おそらくはどちらを選ぼうとも、幸せを掴んでいたのだろうし、それらを得るための苦労も等しくあったのだろう。しかし、未来に何が訪れるのかは誰にも分らないものなのだ。当然、それは神様にすらも。
幻想郷で幸せに暮らす早苗に突然の不幸が訪れる未来が絶対にないと、神様ですら言い切れないはずだ。突然の不幸に苛まれた早苗は幻想郷へ渡った事を後悔するのだろうか、或いは「後悔など無い」と強かに奇跡を祈るのだろうか。
『喩』の登場人物において、運命の条件分岐”if”にぶち当たり自らの意志で未来を選択したのは『A transient faith』の早苗だけなのだと私は思う。
彼女が「後悔など無いと心震わせた」事は、彼女の意志で運命を決めた事の証だ。
我が子を抱き必死に祈る母親の姿を思い浮かべると、それが喩え「儚き信仰」に縋っているだけだとしても、私は、そんな早苗を「儚き人間」とは思えない。