はじまりのワイゲルト

租界の少女アリス

Featured in: 喩
track: 8
arrangement: RD-Sounds
lyrics: RD-Sounds
vocals: 3L
original title1: ブクレシュティの人形師
original title2: 童祭 ~ Innocent Treasures
original title3: 明治十七年の上海アリス
length: 07:05


◇概要

『喩』収録のトラック8『はじまりのワイゲルト』。”はじまり” とはアリスのはじまり、”ワイゲルト” は彼女の名前からか。特設サイト、タイトル、歌詞、原曲、ブックレット、それぞれが物語るはサークル『上海アリス幻樂団』のもしものお話。

Q5.「上海アリス」という名前がアリス・マーガトロイドに由来するという明確な言及は無い。

はいいいえ

上記は『喩』特設サイト発表時に公開されたクイズからの引用である。このクイズは『喩』収録の各ボーカル曲と対応しており、上記Q5は『はじまりのワイゲルト』に対応している。このクイズに対して「いいえ」と答える事で『喩』特設ページへと進む事ができ、「はい」は押せない仕様となっている。

つまり、Q5のクイズ文の内容を否定すると、

「上海アリス」という名前がアリス・マーガトロイドに由来するという明確な言及がある

という事になり、この内容が『はじまりのワイゲルト』のコンセプトであると推測できる。

そもそも「上海アリス」という名前の由来は何なのか。これはZUN氏が明確に言及している。まずは2004年の明治大学 第120回明大祭で開かれたトークショー「東方の夜明け」でのZUN氏の発言。

和洋折衷が基本にあります。私の中の上海は、西洋の文化と東洋の文化が入り交じった都市のイメージだったので、上海を入れて見ました。東京に無くても東京と会社名に入れるのと同じです。
アリスは何なんでしょう?租界に住んでいた子供でしょうか?でもそれより、おとぎ話のイメージが強いですよね。アリスは。上海アリスには、東洋と西洋と幻想、そう言った意味を、よく知っている単語で表してみました。

東方の夜明けアフターレポートより引用()

この発言における「租界」とは、19世紀から20世紀にかけて存在した上海租界の事と思われる。「おとぎ話」と「西洋」といったイメージからよく知られる単語「アリス」を選んだとのこと。

また、2019年にはZUN氏による最新の言及もある。

「幻樂団」は、音楽サークルっぽいからですね。「上海」は、西洋風なものと東洋風なものが混ざっている場所のイメージとして選びました。
「アリス」は、少女的なものやゴスロリみたいなものを混ぜた感じのイメージがあるので。ちょっとダークなイメージを持たせたかったんです。

東方我楽多叢誌 ZUN氏5万字ロングインタビュー!より引用

「少女的」、「ゴスロリ」、「ダーク」といったイメージから「アリス」を選んだとのこと。この後の発言で、キャラクターとしての「アリス」にあまり思い入れがないと発言しており、やはりZUN氏の中にある「アリス」という言葉の持つイメージが先行したネーミングをされているようだ。

つまり、我々の世界においては「上海アリス」の「アリス」はアリス・マーガトロイドに由来しておらず、特定のキャラクターではなく「アリス」という言葉の持つイメージから単語を選んでいる事が分かる。

本楽曲が収録されたアルバム『喩』のテーマは「もしもの世界」である。本記事では、もし「上海アリス」がアリス・マーガトロイドに由来するものだったら、というifの元に『はじまりのワイゲルト』が成り立っているという事を前提に話を進めていこうと思う。


◇原曲が意図する要素

『はじまりのワイゲルト』の原曲は『ブクレシュティの人形師』、『童祭 ~ Innocent Treasures』、『明治十七年の上海アリス』の三曲混合。一見すると意図が分からない組み合わせだが、これら原曲はそれぞれ別の意図がある。この項では原曲が意図する要素について述べる。つまり、まだまだ概要である。

まず『ブクレシュティの人形師』。言わずもがな東方妖々夢三面ボス「アリス・マーガトロイド」のテーマ曲である。前述のクイズ文の否定を前提にすると「アリス・マーガトロイド」も本楽曲に関係してくるはず。『ブクレシュティの人形師』については要素として分かりやすい。

次に『童祭 ~ Innocent Treasures』。こちらは『はじまりのワイゲルト』の歌詞およびブックレットイラストにその答えが見える。

この曲は、今まで作ったことのない最も難易度の高い曲でした。なんと言っても自分のテーマ曲ですから。トークショウの時の入場テーマ曲として書いた曲で、どう作っても恥ずかしいので何とも。

―『東方文花帖 ~ Bohemian Archive in Japanese Red』より引用

この原曲は、概要にて引用した第120回明大祭のトークショー「東方の夜明け」(2004/10/30)におけるZUN氏の入場曲として披露され、同年12月末のコミックマーケット67で頒布された『夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream.』の1曲目として収録されたZUN氏のテーマ曲だ。そして、なんと東方では珍しくこの原曲のメロディーに合わせた公式の歌詞がある。

夢違え、幻の朝靄の世界の記憶を
現し世は、崩れ行く砂の上に
空夢の、古の幽玄の世界の歴史を
白日は、沈みゆく街に

―『夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream.』より引用

上記に引用した歌詞の赤字部分が『はじまりのワイゲルト』の歌詞の一節に含まれており、ブックレットイラストにおける赤字部分の歌詞の位置、つまり真ん中に位置する場所に人影が描かれている。この人影は誰なのかというと、明確に言及されているわけではないが、頭部のハンチング帽らしき輪郭と人影に被せられたテーマ曲の歌詞パーツからZUN氏ではないかと考えられる。自身のサークルに『上海アリス幻樂団』と名付けたのはZUN氏であり、前述した『はじまりのワイゲルト』のコンセプトを考えれば登場していてもおかしくはないだろう。

3つ目の原曲『明治十七年の上海アリス』。こちらは東方紅魔郷三面ボス・紅美鈴との弾幕ごっこの際に流れる原曲でMusicRoomでも言及されているように紅美鈴のテーマ曲であるが、『はじまりのワイゲルト』には紅美鈴要素は見当たらない。おそらくは、もう一つ存在する明治十七年、つまり『蓬莱人形 ~ Dolls in Pseudo Paradise.』収録の『明治十七年の上海アリス』をイメージされているのだろう。(RDさんのツイート参照

阿片の煙が雲と棚引き、街のあらゆる場所に流れ込んでいた。私は租界にいる。
ワルツを踊る極彩色の衣装の人々。ここにはその魔法は届かないわ。

―プレス版『蓬莱人形 ~ Dolls in Pseudo Paradise.』より引用

蓬莱人形版『明治十七年の上海アリス』はワルツではないが、『はじまりのワイゲルト』はワルツのような3拍子のリズムを刻んでおり、歌詞中の「アリスと踊れ」という合言葉もそれを意識しているのだろうか。ブックレットに描かれたアリス・マーガトロイドらしきフィギュアはバレリーナオルゴールのような細工品にも見える。

また、「阿片」や「租界」というキーワードは、明治十七年の大清帝国に実在した米英仏といった列強国家を筆頭に管理統治された上海租界、つまり ”明治十七年の上海” の通り、魔都と呼ばれた上海のイメージを強くしている。『はじまりのワイゲルト』にも「上海租界」の要素があるのであれば、それはこの物語の舞台としてなのだろうか。

しかし、『はじまりのワイゲルト』の歌詞にはデジャブを感じる一節や単語が見受けられる。それは森鴎外が1890年1月号の国民之友に寄稿した小説『舞姫』からの引用が目立つことだ。

「明治十七年」という年は森鴎外が陸軍省派遣留学生として医学を学ぶ為にドイツ帝国へと渡った年であり、一説には『舞姫』は森鴎外本人が体験したエピソードではないかという話もある。主人公の太田豊太郎とヒロインのエリスとの関係が大きく転換していく場面の冒頭にて明治廿一年(西暦1888年)と記述されている事から、『舞姫』は少なくとも西暦1880年代の出来事である事は間違いない。『明治十七年の上海アリス』は『舞姫』作中の年代も考慮された選曲ともいえるのだろうか。ちなみに、ワルツ(ウィンナ・ワルツ)は19世紀にドイツ帝国含めヨーロッパ中で流行しており、『舞姫』の時代背景とも一致する。

次の項からは『舞姫』の要素も絡めて『はじまりのワイゲルト』を見ていこう。


◇エリス・ワイゲルトと黒き瞳子の子の軌跡

前項後半で頭出しした森鴎外の『舞姫』の要素について確認したうえで、『はじまりのワイゲルト』の物語はどういった内容なのかを再考してみよう。

「わが心の楽しさを思ひ玉へ。産れん子は君に似て黒き瞳子ひとみをや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」

―森鴎外『舞姫』エリス・ワイゲルトのセリフより引用

『はじまりのワイゲルト』の歌詞には『舞姫』から引用された一節と単語が多くみられる。上記のセリフはもうすぐ産まれてくる太田豊太郎との子に対するエリス・ワイゲルトのセリフで「黒き瞳子」と「よもあだし名を」が『はじまりのワイゲルト』の歌詞に登場する。

豊太郎に対するエリスの叫び「我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」は『はじまりのワイゲルト』冒頭の歌詞に込められており、「欷歔ききよ」という単語は『舞姫』作中にてエリス・ワイゲルトがすすり泣く行動に対する表現として使用されている。ここまで『舞姫』要素が揃ってくると、『はじまりのワイゲルト』の ”ワイゲルト” はヒロインのエリス・ワイゲルトからの命名だと考えるのが妥当だと思える。

ここからは仮説に仮説を重ねながら『はじまりのワイゲルト』を廻るストーリーを考えてみよう。

まずは『舞姫』のストーリーと『上海アリス幻樂団』誕生までが一つの物語としてつながっていると仮定。『舞姫』に登場する主人公は太田豊太郎、ヒロインはエリス・ワイゲルト。太田豊太郎と同じ苗字を持つハンチング帽の人物、エリスとアリスの文字列の類似という着眼点から考えると、『はじまりのワイゲルト』のストーリーは森鴎外(本名:森林太郎)の実体験よりも『舞姫』作中からのつながりを感じられる。

『はじまりのワイゲルト』の歌詞に登場する「黒き瞳子の子」は豊太郎とエリスの子なのだろうか。『舞姫』では豊太郎とエリスの子が産まれたかどうかはその後の記述はないが、『はじまりのワイゲルト』における黒き瞳子の子はどうだったか。

黒き瞳子の子 産まれていたのならば 幻想ゆめを追っていつか何処か遠くへ
黒き瞳子の子 現に飽いたならば 幻想ゆめを編んでいつか何処か遠くへ

 ―『はじまりのワイゲルト』の歌詞より引用

幻想ゆめを追っていつか何処か遠くへ」という歌詞は黒き瞳子の子の幻想入りを暗喩しているのだろうか。ここで気になるのは「黒き瞳子の子」誕生の年だ。産まれていたのならば『舞姫』作中であれば明治二十一年(西暦1888年)の後となる。

明治十七年(西暦1884年)は幻想郷が博麗大結界により外の世界から隔離された年(西暦1885年)の1年前に当たると考えられる。理由は長いので折り畳み。(クリックで展開)

その理由のひとつは書籍文花帖や求聞史紀などに見られる「季」のカウントだ。例えば、書籍文花帖の花映塚の異変の記事は第百二十季で花映塚頒布年は2005年である事から2005年の120年前となる1885年が季のはじめ(第零期)にあたり、稗田阿求(第百九季に出現)が博麗大結界が貼られてから初の御阿礼の子である事と御阿礼の子出現の周期が百数十年である事を合わせると季のはじめ1885年が博麗大結界が貼られた年代とする事に計算が合う。また、東方深秘録における茨木華扇の「賢者XXXXの名において命ず130年の禁を解け」というセリフと共に博麗大結界に一時的に穴を開けており、深秘録頒布当時2015年で130年前は1885年。さらに、香霖堂第一話の「幻想郷は外の世界で言う明治時代に隔離された」という霖之助のセリフ、三月精OSP第九話の「幻想郷が隔離されてから130年近く経ちますからねぇ」という射命丸文のセリフ、永夜抄キャラ設定.txtの「幻想郷が人間界と遮断されてから、もうすぐ百年も経とうとしていた頃」と「さらにその出来事から数十年経った。」という記述も合わせると明治十八年(1885年)に博麗大結界が貼られて外の世界から隔離された事に辻褄が合う。

つまり、『舞姫』のストーリーと博麗大結界により隔離された後に常識と非常識の境界を越えていた事になる。『はじまりのワイゲルト』の世界では母エリス・ワイゲルトと黒き瞳子の子は終ぞ顔を合わせる事は無かったのだろう。

次に黒き瞳子の子をうたっているであろう歌詞はこれだ。

齢五つにして 母の姿ももはや おぼろげにも垣間見たような気で
その姿だけを その名前だけをただ 胸の奥に刻んで生きていた

―『はじまりのワイゲルト』の歌詞より引用

「母の姿」とはエリス・ワイゲルトと思われるが、「齢五つ」は誰に対して言っているのだろう。ひとつは黒き瞳子の子が齢五つの頃に何かを見て母の姿をおぼろげにも垣間見たとするもの、もうひとつはブックレットに描かれたアリスらしき人物が齢五つでその容姿が母の姿を垣間見るほどに似ているとするもの。しかし、後半の歌詞で「胸の奥に刻んで生きていた」とある為、母の姿を垣間見た出来事は黒き瞳子の子の過去にあった前者と考えるのが妥当か。

黒き瞳子の子がブックレットの中央の人物であったとすれば齢五つの頃の年は1982年となる。1981年に『舞姫』エリスのモデルと一説で語られたエリーゼ・ヴィーゲルトの乗船記録が見つかっているが、この出来事をまだ5歳の子供に理解が及ぶとは思えず、「アリスと踊れ」という合言葉から胸に刻んだ名前は「エリーゼ」ではなく「アリス」と見るのが妥当と考えられる。あくまで『上海アリス幻樂団』のネーミングのifを考えるのであれば「アリス」の名前に思い入れがある方が納得がいき、どちらかといえば齢五つの黒き瞳子の子が『ふしぎの国のアリス』の絵本を読んでアリスに対しておぼろげに母の姿を感じてその名前と容姿を胸に刻んだ、という方がしっくりくる。ちなみに我楽多叢誌のZUN氏ロングインタビューによると実際は1982年頃はゲームをプレイしていたらしく、特にゲーム&ウォッチをプレイしていたとのこと。

黒き瞳子の子は19世紀末の隔離後の幻想郷へ神隠しに遭い、そして20世紀に現在へと帰還する。おぼろげに垣間見た母と思わしき姿と名前を胸に刻み生きた黒き瞳子の子は成長し、ある物語を創生する。

息絶えた物語の向こう側で 胎動する新たな物語が

―『はじまりのワイゲルト』の歌詞より引用

この歌詞の「息絶えた物語」と「新たな物語」は何を示唆しているのだろうか。「息絶えた物語」は東方怪綺談にて完結した旧作の物語か、または現実世界から息絶えた幻想郷の物語か。「新たな物語」は前者ならばWindows版の東方Projectの物語とも解釈できるが、後者の場合は新たな幻想郷の物語としか考えることはできずやや具体性に欠ける歌詞となってしまう。仮に前者であったとすると『はじまりのワイゲルト』で虚ろなこがねの瞳で欷歔する女性とのやり取りは1998年から2002年の間の出来事となり、この期間は「上海アリス幻樂団」が誕生した時期と一致する。『上海アリス幻樂団』のネーミングのifをコンセプトとしているならば、やはり前者が妥当なのだろう。

『はじまりのワイゲルト』の歌詞で起こった出来事は2000年前後のものとすると、舞台のロケーションはどこの街になるのだろう。ZUN氏の出身である日本か、『明治十七年の上海アリス』のイメージ元である「上海租界」か、『ブクレシュティの人形師』が表すルーマニアの首都「ブカレスト」か、それとも『舞姫』の舞台ドイツ「ベルリン」か。『はじまりのワイゲルト』のコンセプトである『上海アリス幻樂団』の命名を思えば、やはり「上海租界」ではないかと私は考えている。

ブックレットに描かれたアリスらしき女性は誰なのだろうか。例えば、エリス・ワイゲルトの子孫、またはその生まれ変わりと解釈できるだろうか。舞台が「上海租界」ならば、おぼろげに垣間見た母の姿に似ているだけの租界の少女という可能性もある。何にせよ、黒き瞳子の子はおぼろげに垣間見た母の面影を持つ女性と再会した、と解釈できるだろう。

彼女の名前は「もしもの世界」における『上海アリス幻樂団』命名の由来「アリス・マーガトロイド」か。いや、与えたあだし名をアリスと仮定した場合、この女性の名前はエリスとも考えられるか。

まだ謎は多く残された状態であるが、簡単に時系列順にまとめると以下のようになる。

1885年:幻想郷が博麗大結界により外の世界から隔離される
1888年:『舞姫』のエリス・ワイゲルトは太田豊太郎との子を身ごもる
~ 産まれるはずだった黒き瞳子の子は幻想郷へと神隠しに遭う
1977年:現実世界に黒き瞳子の子が表れる
1982年:アリスという名前と薄きこがね色の髪と青き目を持つ母の姿を垣間見る
1997年:東方怪綺談を頒布
~ 黒き瞳子の子の再会、『上海アリス幻樂団』の誕生
2002年:東方紅魔郷を頒布

これらは仮説に仮説を重ねた「もしもの話」であるため、あくまで一解釈でしかない。別の解釈をするならば、『舞姫』と同じような物語が明治十七年の上海租界で繰り広げられて幻想郷が隔離されると同時に「上海アリス」が誕生した、といったように『舞姫』のストーリーをそのまま使わない方法もある。


◇あだし名

エリスやアリスといった名前について少し補足する。エリスとアリスの名は日本人のカタカナの感覚で言えば一文字違いであるため似ていると感じるが、実はこの二つの名前の由来は異なっているのだ。また、『舞姫』のエリスのモデルだと一説では囁かれている実在の女性エリーゼの名も、エリスおよびアリスとはまた別の異なる由来がある。もちろん名前の由来とは全ての名前に適応される絶対的な根源ではなく、また発音の聞き取り違いの可能性も考慮でき、作者による命名の意図も図りかねる為、あくまで補足として考えてほしい。(そもそも以下のソースの多くはwikipediaである)

・エリス: Ellis。旧約聖書の預言者エリヤ(אליהו‎)が由来とされ、ヘブライ語で「我が神」を意味する。姓でも名でも存在し、男性・女性両方に付けられるユニセックスな名前。

・エリーゼ:Elise。Elizabethの短縮形で旧約聖書のモーセの兄アロンの妻エリシャバ(אֱלִישֶׁבַע)が由来とされ、ヘブライ語で「我が神の誓い」を意味する。女性名。

・アリス:Alice。古高ドイツ語のadalとheitに由来する女性名Adalheidisの短縮形が由来とされ、adalとheitを合わせて「高貴な姿」を意味する。ラトウィッジ・ドジソン作『不思議の国のアリス』の影響か、英語圏・仏語圏などではAから始まる中で特にメジャーな名前のひとつ。女性名。

次に姓について。

・マーガトロイド:Murgatroyd。実在する英語圏の姓。由来は不明だが、英国の地名Moorgate road、もしくはMargaret’s roadか。東方における綴りはMargatroid。アリス・マーガトロイドへの命名の由来はアガサ・クリスティ作『予告殺人』の登場人物エイミー・マーガトロイド、またはキム・ニューマン作『ドラキュラ紀元』に登場するルスヴン郷のあだ名が由来だとファンの間では囁かれているが、事実は不明。

・ワイゲルト:Weigert。主にドイツ語圏の姓で由来は不明。weigertはドイツ語で「拒否する」という意味を持つようだが、姓との関連は不明。

以上、名前について簡単に調査結果をまとめた。

母、エリス・ワイゲルトは「産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」と産まれくる黒き瞳子の子に願いを込めていた。黒き瞳子の子は「エリス」という名前をお腹の中で聞いていたのだろう、しかしはっきりとは聞き取れず「エリス」は「アリス」へと変異し、朧げな記憶の中に残ってしまったのだろうか。

黒き瞳子を持ちたらん彼女にあだし名を与えた意味は何なのだろうか。妖々夢に登場する青き瞳を持つ彼女は「アリス・マーガトロイド」と名乗っている。いや、もしかすると『喩』世界における妖々夢の彼女の本当の名前は・・・。


◇ブックレット

ランプとステンドグラスから差し込む光に照らされた薄暗い部屋。薄きこがね色の髪と瞳を持つ女性。その手にはカーテシーのポーズをしたアリス・マーガトロイドのフィギュアが。銀のねじ巻きが付いている事からこのフィギュアはオルゴールのようにも見える。中央奥側には紅と金の椅子より立ち上がるZUN氏と思わしき人物の影。

『喩』ジャケットの右下には赤いカチューシャを付けたアリスらしき女性の姿が。『喩』ポスター(はなだひょうさんのツイート参照)ではアリスらしき女性の隣にハンチング帽が見切れている。『はじまりのワイゲルト』本編では二人の間には不穏な空気が流れていたが、物語の時系列としてはどちらが先なのだろうか。また、後述の理由により、ジャケットのアリスらしき女性は『はじまりのワイゲルト』の女性とは別人とも考えられる。

イラストは『綜纏Vol.4 四百四描』に収録。ポスターよりも少しだけ見切れ幅が長くなっており、ハンチング帽の人物が眼鏡をかけ、柄物のシャツを着ている事がはっきりと分かる。

瞳の色について。歌詞中には「こがねの瞳に光は虚ろ」とあるが、『舞姫』におけるエリス・ワイゲルトの目は「この青く清らにて物問ひたげにを含める」とあるように青い目である。

また、『綜纏Vol.4 四百四描』では傍らにエリスと書き添えられた青い目をしたこがね色の髪の女性のラフが描かれている。このエリスは『はじまりのワイゲルト』に描かれた女性とは違う女性なのだろうか。同じ青の襟付きシャツを着ている為、ジャケットのアリスらしき人物とこのラフの人物おそらく同一人物と思われる。

「息絶えた物語の向こう側で胎動する新たな物語が」という旧作からの転換を示唆する歌詞と東方怪綺談のアリスが金の瞳をしていた事を合わせて考えると、『はじまりのワイゲルト』の後に彼女の瞳の色は金から青へと変わったのかもしれない。つまり、時系列としては『喩』ジャケットの二人は『はじまりのワイゲルト』の後になるのではないだろうか。

他にも、この二人が別の人物であるならば「親子」と考えるのも面白いかもしれない。その場合、父親はハンチング帽の人物になるのだろうか。ジャケットの時系列を『喩』頒布年の2015年とすると、1997年から2002年の間に子を身ごもったとして13歳から17歳くらいの少女になる。ちなみに『舞姫』のエリス・ワイゲルトは「年は十六七なるべし」と語られている為、エリスと書き添えられたラフの彼女と齢が近くなる。


◇雑記

『喩』のアルバムに収録された楽曲で記事を書いたのは今回で5回目となる。いつも考えていて思うのは「もしもの世界」という『喩』のテーマは特殊な側面を持つ、という事。

『はじまりのワイゲルト』は「上海アリス」の起源の「もしも」を描いており、ある種の「生モノ」としての側面も持つため、凋叶棕の中でも特殊な部類に入る二次創作だ。「生モノ」の禁忌さはその確証を仄めかす事により薄められ、さらに『喩』は「もしもの世界」をテーマとする故にあくまで「たとえ話」である事が罪深さを軽減しているように思える。

テーマ「もしもの世界」は一見寛大なようではあるのだが、解釈を絞っていく過程の上ではやっかいな特性となりうる。というのも、『喩』は「もしもの世界」であるが故に我々の世界における幻想郷や科学世紀等の世界観や設定、或いは我々の世界における常識すらどこまで通用するかは分からないのだ。『喩』の世界を霧島リサの見る夢の世界と解釈するのであれば尚更だ。

私としては、クイズ文の内容の否定を主軸にして解釈して他の「もしも」の要素はできるだけ入れずに我々の世界の常識で考えていく方法がベターだと考えている。東方の二次創作と銘打たれている以上、東方の世界からかけ離れすぎるのは良くない気がするというのも理由の一つである。

しかし、我々にとっての「もしもの世界」というのはロマンのつまった素敵な夢であって、「もしこうだったらいいのになあ・・・」という夢のある妄想をここを読んでいる人も一度はしたんじゃないだろうか。ドラえもんの秘密道具の中だと「もしもボックス」が欲しいと思う方も少なくはないはずだ。そうなると各々の持つ「ロマン」を大事にする為にも、そうカタく考える必要もないのかもしれないとも思えてくる。

ロマンとリアリティ、夢と現の交わる交叉路。『喩』というアルバムは「もしもの世界」を主軸としながらも我々に対しても「もしもの世界」を妄想させる行為を促している、少し特殊でありながらとても興味深く面白い二次創作なのだ。

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