意にそぐわぬリターニー

蓮子ちゃん・・・


Featured in: 廻
track: 10
arrangement: RD-Sounds
original title: 向こう側の月
length: 03:59


◇概要

『廻』収録のトラック10。

トラックEX『ヒメゴトクラブ』の解釈のしようによってはラストトラックとしても扱っても良いだろうか。ZUN’s Music Collection『大空魔術 ~ Magical Astronomy』のラストトラック『向こう側の月』を原曲とするインストアレンジとなる。

タイトルの”リターニー”は英語で”returnee”、(外国や戦地からの)帰還者、または帰国子女を指す単語である。アルバム『廻』は「旅行」をテーマに制作されており、インレイの旅行かばんや随所にある蓮子とメリーの写真を見ると、”リターニー”とは「旅行からの帰還した秘封倶楽部」を指しているのだろう。

しかし、その旅路から帰還は意に沿うものではなく、”意にそぐわぬ”ものであったようだ。

本記事では『意にそぐわぬリターニー』について、解釈する作品の範囲を変えながら語っていこうと思う。


◇”意にそぐわぬ”ストーリー

タイトルの”意にそぐわぬ”という不安の残る表現に何か心に引っ掛かる、そんな方も多く居たのではないだろうか。

”意にそぐわぬ”という言葉が付くこと、すなわち「何か意に沿う期待があった」ということになる。この”意にそぐわぬ”という言葉が秘封倶楽部の二人が辿ったストーリーの結末を仄めかす要因になっているとも思える。

秘封倶楽部の旅行、その結末の、

「何が意にそぐわなかったのか?」

『意にそぐわぬリターニー』において、最も気に掛かるこの点に注目していく。

まず、結末が意に沿ったのかどうかについて、「秘封倶楽部が旅行をする目的」にヒントがあると考えている。彼女らは旅行をすることに対して意に沿う期待と望むべき結末があったはずであり、『意にそぐわぬリターニー』に視えるストーリーは期待と望みを満たすための旅行であったはずなのだ。ならば、彼女らの旅行には何か目的があったはず。

そう、秘封倶楽部の裏の顔は張り巡らされた結界を暴くサークルなの。
均衡を崩す恐れがあるから禁止されてるんだけどね。

ー『蓮台野夜行 ~ Ghostly Field Club』より引用

不良霊能者サークルである秘封倶楽部の活動内容は、『蓮台野夜行 ~ Ghostly Field Club』や『夢違科学世紀 ~ Changeability of Strange Dream.』等にある内容から分かる通り、「結界を暴き、別の世界に飛び込む」というものだ。よって、秘封倶楽部の旅行の目的も「結界暴き」や「別世界の探訪」にあるのではないか。

「結界暴き」や「別世界の探訪」の目的叶わず、意にそぐわない結果となった秘封倶楽部の帰路を表現している、『意にそぐわぬリターニー』単曲で考えた場合はこういった解釈になる。

では、『廻』というアルバム全体で解釈する場合はどうなるだろうか。

『意にそぐわぬリターニー』のひとつ前のトラック『絶対的一方通行』では八雲紫による秘封倶楽部への警告メッセージが歌われていた。別世界を前にした秘封倶楽部は半ば強制的に科学世紀に戻されたとするならば、旅行の目的「別世界の探訪」、その目的叶わず意にそぐわぬ結果となったと解釈できるか?

しかし、気になるのはブックレットのイラストである。『絶対的一方通行』のページ右上に、二人の手が手が離れるかのような写真が配置されている。仮にこの手が蓮子とメリーのものならば、秘封倶楽部は結果的に引き裂かれてしまったと解釈できることだろう。

『廻』のファーストトラック『A Secret Adventure』では、”傍にいてよね?”  ”傍にいれるよね?”と不安混じりな望みをお互いに吐露している描写が歌詞中に登場する。”傍にいたい”という彼女らの望み叶わず、意にそぐわぬ結果となった、という解釈が『廻』という作品内の型に嵌まるように思える。

秘封倶楽部がどのようにして引き裂かれてしまったか。”紫≒メリー”説を採用しているかつ『絶対的一方通行』で八雲紫が語るように「囚われたのだ」として、メリーが別世界”幻想郷”に幻想入りし、蓮子は科学世紀に追い戻された、ということなのだろう。(参考:『絶対的一方通行』の記事

蓮子だけがリターンすることができたが、メリーの傍にいることが叶わず、意にそぐわぬ結果となった。つまり、意にそぐわぬ ”リターニー” とは蓮子一人を指しているのではないか。今の私は『意にそぐわぬリターニー』を聴いていると、”向こう側の月”を眺めながら、一人ぼっちで帰路につく蓮子の様子が思い浮かぶ。あのさびしげなメロディーは蓮子の孤独感を表現しているかのようにも思える。

と、ここまでが『廻』のみで解釈したものとなる。

凋叶棕には秘封倶楽部をテーマにした楽曲が数多くあり、『騙』収録の『rebellion -たいせつなもののために-』もその内の1つである。

『騙』偽特設サイトやブックレットインレイにあるように、この楽曲には『それからのわたしたち』という偽タイトルが付けられ、トラック番号は” 11 に取り消し線が引かれて” 7 ”と訂正されている。これは、『意にそぐわぬリターニー』は『廻』のトラック10であるため、次のトラック11として『rebellion -たいせつなもののために-』へと物語が続いているかのように暗に示されている。

この『rebellion -たいせつなもののために-』ではメリーに関する記憶を奪われているかのような蓮子の様子が見て取れる。それを踏まえると、意にそぐわぬ ”リターニー” であった宇佐見蓮子は「何が意にそぐわなかったのか」すらも忘れてしまっているのかもしれない。


◇53 minutes

再生時間について少し気付きがあるので、とりあえず書いておく。

アルバム『廻』は『ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express』のアレンジより始まっている。「ヒロシゲ36号」とは、ZUN’s Music Collection『卯酉東海道 ~ Retrospective 53 minutes』に登場する、京都と東京を途中の停車駅なしで結ぶ卯酉新幹線の車両であり、サブタイトルの”53 minituts”の通りに京都から東京まで53分で行き来することができる。元ネタとしては江戸時代に栄えた街道のひとつ「東海道五十三次」からのオマージュのようだ。

卯酉東海道』は秘封倶楽部が「ヒロシゲ36号」に乗車し、京都から東京へ旅行する話であり、ここで重要なのが『卯酉東海道』全体の再生時間も53分となっている点である。

卯酉東海道』のファーストトラック『ヒロシゲ36号 ~ Neo Super-Express』、そのアレンジ楽曲である『廻』のファーストトラック『A Secret Adventure』。

つまり、何が言いたいかというと『廻』にも同様に”53分”要素があるのではないか。

『廻』も『卯酉東海道』も”秘封倶楽部”と”旅行”というテーマが共通しており、『廻』はまるで『卯酉東海道』の要素をオマージュしているかのように思えるのだ。

しかし、『廻』全体の再生時間は57分23秒である。

だが待って欲しい、こうは考えられないだろうか。『意にそぐわぬリターニー』は旅行から帰った後(もしくは車両から降りた後)の描写だと仮定し、『廻』全体の再生時間57分23秒から、旅行時間外となる『意にそぐわぬリターニー』の再生時間3分59秒を差し引くと、53分24秒となる。

これは単なる偶然なのか・・・?真相は不明である。(えっ余った24秒は?というか『ヒメゴトクラブ』はどう扱うの?)


◇合わせて聴きたい楽曲

▼絶対的一方通行

『廻』収録。『意にそぐわぬリターニー』の1つ前のトラックにあたり、彼女らの旅が”意にそぐわぬ”結果となった原因を察することができる楽曲。特に意識しなくてもアルバム『廻』を聴いていれば、おのずと連続で聴いてしまうことになる。

rebellion -たいせつなもののために-

『騙』収録。前述の通り、偽特設サイトの記述から『意にそぐわぬリターニー』のその後と推測できるが・・・?『意にそぐわぬリターニー』の次のトラックになるEX『ヒメゴトクラブ』とイントロが似ている点もそう思わせる要因の一つに感じる。『意にそぐわぬリターニー』でひとりぼっちの蓮子が思い浮かぶのは主にこの楽曲が原因。

▼[SiO2]の瞳

『娶』収録。『絶対的一方通行』→『意にそぐわぬリターニー』→『rebellion -たいせつなもののために-』→『[SiO2]の瞳』という順番で聴くと、なんともいたたまれない気持ちになる。凋叶棕の楽曲において宇佐見が曇るケースが多いのはその血統ゆえなのか?


◇雑記

色々書いておいて何だが、実は『廻』が頒布された後、『意にそぐわぬリターニー』を聴いた私は(なんだかさびしそうな曲だなあ・・・)(オカルト的な収穫なしだったから意気消沈してるのか・・・?)(長旅でお疲れだったりするのか・・・?)等々とぼんやり思っていた。

当時の私の妄想では秘封倶楽部が二人とも揃っていて、楽しい旅行が終わってさびしそうな二人のイメージがあったのだ。

しかし、『騙』が頒布された以降ではまた違ったイメージが思い浮かんだ。『意にそぐわぬリターニー』を聴いた私の妄想にはもうひとりぼっちの蓮子しかいない。不思議なことに私の『意にそぐわぬリターニー』に対する印象は大きく変わっていた。

当時の私にそこまで大きい衝撃があったわけではないのだが、後から考えてみると年単位で時間が経った後にその作品に対する印象が変化するっておもしろいな、と。

「解釈は時と共に変化する。」

これは東方Projectのキャラクターや関係性、弾幕やBGM等に感じる印象にも当然言えることで、第一印象とその後の印象では全く違うこともしばしばある。

今年には整数ナンバー新作『東方鬼形獣』が世に出るようだ。そこに登場するキャラクターやBGMに対してどういった第一印象を受けるのか、私は今からとても楽しみなのです。

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