Peaceful Distance

peaceful-time


Featured in: 憩
track: 7
arrangement: RD-Sounds
lyrics: RD-Sounds
vocals: めらみぽっぷ
original title1:ヴワル魔法図書館
original title2:ブクレシュティの人形師
length: 06:19


◇概要

『憩』収録の最終トラック。

タイトル『Peaceful Distance』の意味は「心地よい距離」、「安息の距離」といったところだろうか。

『ヴワル大図書館』と『ブクレシュティの人形師』のアレンジであるこの楽曲。ブックレットにはこれらの原曲に沿うかのように『パチュリー・ノーレッジ』と『アリス・マーガトロイド』が登場している。この二人はお互いに「種族:魔法使い」という共通点を持つ。

この『Peaceful distance』はパチュリーとアリスの、近くて遠い二人の距離感と憩いの空間について歌われた楽曲となる。

この記事では、いつも通り原作の記述から振り返り、二人の距離感について一度整理してみようと思う。


◇魔法使いのシンパシー

まずはパチュリーとアリス、二人に共通する「種族:魔法使い」の特性について振り返ってみる。

体は殆ど人間と同じで、他の妖怪に比べると脆弱である。
一般に頭が良く、知識も豊富で勉強家であるが、家の中に引きこもりがちである。

―『東方求聞史紀』魔法使いの項より引用

上記は求聞史紀は稗田阿求による記述となるが、一般的に知られている魔法使いのイメージからかけ離れたイメージではないだろう。この「知識が豊富で勉強家」という部分は抑えておきたい。

動かなくても強いけど、身体は弱くて外に出ないという
僕の中の魔法使いのイメージを、そのまま出しています。

―『東方外來韋編 弐』パチュリーへのコメントより引用

また、魔法使いのイメージについて、ZUN氏は上記のように語っている。概ね、阿求の記述とほぼ一致している内容で、一般的に魔法使いとは「体が弱く」、「外に出ない」といったイメージがあるようだ。「魔法使いのイメージをそのまま出しいる」ということなので、パチュリーは”ステレオタイプ”の魔法使いと見ても良いだろう。

ここで、私は「体が弱い」から「外に出ない」のだろうかと思ったが、実はそういうわけでもないらしい。

「体が弱い」という事について、『東方茨歌仙 第三話 罪人の金鉱床』にて魔理沙が解説している。その内容は、魔法を使う際に砒素や水銀を使用することによりどうしても体を蝕まれてしまうため、魔法使いは「体が弱い」ということらしい。魔理沙が解説しているコマの背景にはパチュリーとアリスの姿が描かれており、パチュリーは喘息持ちなのでともかく、実はアリスも体が弱く病弱だったりするのだろうか。

また、『砂鉄の国のアリス』の記事でも語ったように、魔法使いには「テリトリーを持つ」という性質もあると私は考えていて、この性質は魔法使いの「外に出ない」という性質の延長線上にあるのではないかと考えている。自らのテリトリーに身を置くことで有利に事が運ぶようになる、一種の防衛手段として「外に出ない」という選択肢を取っている、と。

ただ、書籍文花帖 にて「日光は本と髪が傷む」というパチュリーのセリフもあるので一概にはその理由と言えない。『知識と日陰の少女』という二つ名さながら好んで日陰にいるのか?

話を戻して、魔法使いにはもう一つ大きな性質がある。

魔法に魅入られた者で、既に魔法が体の原動力となっている妖怪が、魔法使いである。
魔法の研究を生業とし、日々新しい魔法の事を考えている。

―『東方求聞史紀』魔法使いの項より引用

「魔法の研究を生業とする」、すなわち魔法使いは「研究者」としての側面を持つ。

確かに自分の意思で動いていた様だったわ。
取りあえず今はそういった人形が出来るまで研究を繰り返しているのよ。

―『東方文花帖 ~ Bohemian Archive in Japanese Red』アリスのセリフより引用

上記によると、アリスは完全自律人形の製作を目標に研究をしているようであり、藁人形と呪術という観点からヒントを得ようと、神社の木々に藁人形を打ち付けていた。また、非想天則では巨大な人形『ゴリアテ人形』を披露しており、新しいアイデアの試験と技術の改良にも余念がない。アリスは「研究者」としてだけでなく、人形を製作し、自在に操る「職人」や「技術者」としての側面も持ち合わせているように思える。

一方でパチュリーは、具体的な目標を持って研究をしている描写はないのだが、常日頃から本を読み、目新しい妖怪や異変を前にした際に積極的に調査するその姿は、まるで年季の入った「学者」のようにも見える。魔法について、パチュリーは以下のように述べている。

魔法の本質は万物の根源を調べること。
科学と魔法の区別はないのよ。

―『東方緋想天』vs魔理沙 勝利時のパチュリーのセリフより引用

上記のセリフから推察するに、パチュリーの魔法研究のアプローチは「万物の根源を調べること」なのかもしれない。アリスと比べて、パチュリーの研究対象となる範囲は幅広く、”魔法全般”という大きな括りであるように思える。科学で言い換えれば、”自然科学”という分野になるだろうか。

とりあえず、魔法使いの性質を振り返ってみた。この項で出した性質は「知識が豊富で勉強家」、「体が弱い」、「外に出ない」、「テリトリーを持つ」、「研究者」など。これらは次項でパチュリーとアリスの距離感を語るうえで必要な材料となる。


◇パチュリーとアリスの距離感

『Peaceful Distance』では、概要でも書いた通り、パチュリーとアリスの「近くて遠い距離感」について歌われている。この項では、前項で出した魔法使いの性質から二人の距離感について、まとめてみる。もちろん、”Distance”とは「お互いを思う気持ちの距離感」を指す、という解釈も大いにある話であるため、参考程度に見ていただきたい。

①「知識が豊富で勉強家」という性質。パチュリーについては言わずもがな、正に「知識が豊富で勉強家」だ。アリスについてはどうか。完全自律人形の製作のために研究を続けているとなると、やはりアリスも勉強家であると思う。「知識が豊富」かどうかはアリスはパチュリーに劣るかもしれないが、萃夢想ストーリーのアリスが真相を探るためにパチュリーを訪ねており、「知識」という領域においてはパチュリーを信頼しているのかもしれない。

②「体が弱い」。パチュリーは、これもまた、言わずもがな。アリスは前項で書いた通り、「茨歌仙第三話の魔理沙の砒素と水銀についての解説をしているコマの背景にパチュリーとアリスが描かれているためアリスも体が弱いのでは?」という推測ができる。

③「外に出ない」。パチュリーは、またまた言わずもがな、求聞史紀には「彼女は紅魔館から出る事が殆ど無い」と記述がある。しかし、弾幕アクションゲームでは外出して異変を調査しており、儚月抄最終話や三月精OSP第15話でも外出をしている。動くときは動く大図書館さん。アリスについては外に出ないという描写はなく、人里に人形劇を披露しに行くこともあり、求聞史紀に書かれたアリスの主な活動場所は「如何なる場所」となっているため、普段から引きこもってはいないのだろう。人形の製作中ならば家から出ないかもしれないが。

④「テリトリーを持つ」。パチュリーはそのまま紅魔館の図書館内がテリトリーになるだろう。アリスは自宅がテリトリー・・・?マジックアイテムともいえる人形、それらを製作する工房は魔女の工房とも言えなくはないか。

⑤「研究者」としての側面。これは前項に書いた通り、パチュリーは魔法全般の研究者としての印象があり、アリスについては完全自律人形を目標に研究している描写がある。

以上をまとめると、以下のようにパチュリーとアリスの近くて遠いような共通点と相違点が見えてきた。

①.二人共持っている性質なのではないだろうか。
②.アリスには直接の描写はないため推測の域を出ない。
③.パチュリーは普段引きこもりがちだがアリスはそうでもない。
④.二人ともテリトリーを持っているように思われる。
⑤.二人とも「研究者」の側面を持つようだ。

また、パチュリーは生まれながらの魔法使いであり、アリスは人間から修行して魔法使いになった魔法使いである点も、この二人の違いといえよう。

そして、パチュリーとアリスの関係を語る上で重要なセリフを以下に示す。

パチュリーの貴重なデレシーン
vsアリス パチュリー勝利時のセリフ

人形を操る事に関しては「器用よね」とアリスの事を褒めている。また、前項でも書いた通り、萃夢想ストーリーのアリスは異変の真相を探るためにパチュリーの知識を頼っており、アリスはパチュリーの知識を認めている節もある様子。要するにパチュリーとアリスはお互いの得意分野について認め合っている、と私は考えている。

結論、パチュリーとアリスは魔法使いの同業者(ライバル)であり近い性質を持っているが、魔法使いとしての生い立ちや研究目標など大きく違う背景がある。そして、何よりもお互いの得意分野について認め合うかのような、そんな距離感も持っている。

尊敬と羨望と
それよりも純粋な興味

互いに不可侵 だけど、
どうしても意識をせずには、居られない。

『Peaceful Distance』では、互いに不可侵だが、互いに意識している、そんな距離感が表現されている。違う分野のプロフェッショナル同士だからこそ不可侵、同じ種族:魔法使いとしてライバルとして意識せざるを得ない関係、そういった距離感がこの二人にあるのではないだろうか。


◇ブックレット

紅魔館内の図書館、重ねられた書物と紅茶のセットを乗せた机を間に、パチュリーとアリスが向かい合うように座っている。

ブックレットに大きく描かれた図書館内のディティールは、密室空間の広がりと二人の距離感を意識させられてしまう。ティーポッドやティーカップは『綴』のジャケットイラストに描かれているものと同じものなのだろうか?

イラストは『綜纏Vol.1』に収録。


◇雑記

もういっそずっとこのまま悠久を抱いて
いつまでも変わることのないままに

言葉の要らない空間に寄り添う

歌詞中に登場する「無限」「悠久」、そして「永遠」について、少し思うところがある。

私は本を読むときに集中しすぎてしまうことが学生時代によくあった。周りの環境が完全にシャットアウトされて、文字を読んでいるという意識さえも遠のき、ついつい本の中の世界に没頭してしまうのである。電車に乗っていて居眠りで乗り過ごしたことはないのだが、本に集中しすぎて乗り過ごしてしまったことは多々あった。

今に思えば、集中して本を読んでいるときに永遠とも須臾とも思える時間と空間を私は感じていたのかもしれない。

そんな本を読むときの集中力。静寂に響く、ページをめくる音と紅茶をすする音。そして、パチュリーとアリスの”Peaceful Distance”。それらの要素が絡み合うことで、永遠のように感じられる時間と空間を作り出している、この『Peaceful Distance』の「永遠」にはそういったイメージがあるように思っている。

歌詞に登場する「永遠」は、状況から作り出された錯覚のような永遠であり、そんな仮初の永遠が悠久に続くことを「もういっそずっとこのまま」と望んでいるようにも感じられる。また、パチュリーとアリスは霧雨魔理沙とは違って捨虫の術を習得して不老の存在となっており、そんな二人だからこそ「悠久」や「永遠」という言葉がふさわしい、とも言えなくもないか。

霧雨魔理沙といえば、アルバム『憩』のファーストトラックである『スターシーカー』にも、「そうだ私こそは永遠のスターシーカー」と”永遠”の文字が歌詞に含まれている。そして、トラック6の『そして遙かに至る』という曲名。

思い過ごしだとも思えるが、何かが引っかかる。

「無限」「悠久」「永遠」、これらは『憩』の次に頒布されたアルバム『遙』にも共通して登場するキーワードとなっている。『悠久の子守唄』の記事でも語ったように、アルバム『遙』に登場する永遠には様々な意味の永遠があると、私は考えている。

『Peaceful Distance』はRDWL-0005『憩』の最終トラック、RDWL-0006『遙』のファーストトラックが『ささぐうた -ヒガン・ルトゥール・シンフォニー-』となる。この『ささぐうた』には不意に挟まれる恋色マスタースパークのメロディー、小町の舟に乗った魔理沙が描かれたブックレットイラスト、霧雨魔理沙の死を思わせるかのような歌詞があった。

アルバム『憩』と『遙』につながりがあったとしたら・・・。

普通の魔法使いがこの静寂を破ることもなく、パチュリーとアリスの”Peaceful Distance”は、永遠に保たれるのかもしれない。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください